はじめに  このCD-ROMアルバムでは,近年急速に進歩した天文用デジタルカメラによっ て私が撮影した,さまざまな天体の姿を紹介している.私は天文学者ではなく, しいて分類すれば天体写真家なので,天文学的な解説よりは,宇宙の神秘的な 姿を楽しんでいただくことを重視した.  使用した望遠鏡は口径31cmの反射式である.これはアマチュア用の望遠鏡と しては大型に属すが,公共天文台のものに比べればかなり小さい.しかしなが ら,普通の写真と同様に,天体写真でも,美しく撮るための程よい焦点距離と いうものがある.研究用のデータを得るものとしては望遠鏡は大きい方がよい が,星雲や星団の鑑賞用画像を撮るには,30cmクラスの望遠鏡とデジタルカメ ラは非常に適した組み合わせである.このような最新の小型デジタル天体撮像 システムの性能は非常に優秀で,それによって得られた画像は,一昔前に口径 数メートルの超大型望遠鏡によって撮られた写真と比べても遜色ないばかりか, カラーの発色などでは上回ってさえいる.  しかし,恐らく読者の皆様が最も驚かれるであろう点は,このアルバムの収 録画像のほとんどすべてが,東京の都市光のなかで撮影されたものだという事 実に違いない.私の観測所は東京都世田谷区にあり,都市光による空の明るさ (これを「光害」と呼んでいる)のために,最高に晴れた夜でも3等星すらほ とんど見えない.しかし,この光害の影響は,デジタルカメラによる撮影とコ ンピュータによる画像処理により,ほぼ完全に除去できるようになった.その 結果,東京で撮っても,人里離れた山奥で撮った画像と遜色がないものが得ら れる.  実は遜色がないばかりか,光害の影響が除去できたとなれば,東京での撮影 は決して不利なことばかりではないことさえわかった.私たちは天体を地球の 空気を通して見ている.空気は絶えず揺れ動いており,それによって天体の光 も揺れ動く.星が「またたく」というのがまさにその現象で,星がきらきらま たたく夜には高い解像度の天体写真は撮れない.水面にさざ波が立つと池の底 がよく見えないのと同じであり,空気が激しく揺れていては,いかなる優秀な 望遠鏡もその実力を発揮できないのである.東京は関東平野の真中にある.そ のせいであろう.東京の空は,この空気の揺らぎ,特に冬の揺らぎが高原や山 より小さいようだ.その結果として,暗い山奥で撮るよりも東京で撮った画像 の方が,平均して解像力が高いという,従来の常識に反する意外な現象が発生 する.もちろん高性能デジタルカメラで撮り,コンピュータによる高度な画像 処理を施せばこそ可能なことであるのは言うまでもない.最新のデジタル技術 が天体写真の常識を大きく変えてしまったのである.  本アルバムに収録した画像のほとんどは,ノイズを減らすためにマイナス40 度Cまで冷却された天文用100万画素CCDカメラを用いて撮影し,コンピュータ でさまざまな画像処理を施して完成したものである.露出は時に数時間におよ ぶこともあるが,その間,星の位置が画面の上で動いてしまわないように,も う一台のCCDカメラとコンピュータが常に監視と望遠鏡の姿勢修正を行う.そ のような意味では,まさにハイテクノロジーの塊のような作品群である.しか し,私は,真に完成度の高いハイテク画像は,ハイテクの存在を見るものに感 じさせないはずだと考えている.本アルバムをご覧いただくうちに,天体の美 しさに引かれ,いつのまにか背後の超ハイテクの存在を忘れていただけたなら, 私としてはそれ以上に光栄なことはない.深宇宙(Deep Space)の神秘的な美 しさを楽しんでいただければ幸いである.